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日刊 温暖化新聞|あの人の温暖化論考

「不都合な真実」-世界を変え損ねた男の新たなる戦い- / 江守 正多

「一瞬だけアメリカ大統領になった男」アル・ゴア。この政治家の存在を既に忘れていた人は少なくないかもしれない。クリントン政権の副大統領を務め、2000年の大統領選では民主党候補として一度は勝利を報道されたが、フロリダ州の集計が混乱した末、ジョージ・W・ブッシュに惜敗した。2004年の大統領選ではほとんどその名前を聞くこともなかった。良くも悪くも真面目な男というのが専らの評判である(ちなみに、筆者はここでつい岡田克也・民主党元代表を思い出してしまう)。大統領選では、相手陣営のネガティブキャンペーンの影響もあろうが、この真面目さが「人間的魅力に欠ける」というマイナスイメージとなり人気が伸び悩んだ印象がある。

しかし、思い返せば、あのときフロリダ州の集計システムが仮にあとほんの少し近代的だっただけで、世界は今と180°違うものになっていたはずなのだ。ゴア大統領は、国内産業界の猛反発に会いながらも、アメリカの京都議定書目標、-7%の達成に躍起になっていたに違いないし、京都議定書後の国際枠組みの議論にもアメリカが積極的に参加し、他国もその流れに乗らざるを得なかっただろう。だが、過ぎたことをあれこれ言っても仕方が無い。

ともあれ、映画「An Inconvenient Truth(邦題:不都合な真実)」は、この一度は世界を変え損ねた政治家アル・ゴアの、新たなる挑戦を描いたものだと言ってよいだろう。大統領選敗北の失意の中から立ち上がったゴアが選んだ道は、米国各地を始め世界を行脚して地球温暖化の「真実」を人々に説いてまわることだったのだ。以前からも行っていたその講演の回数は、通算で1000回以上に上るという。映画は、この講演の内容とその様子をベースに、ゴアがその活動に至るまでのエピソードや心理描写が各所に織り込まれる形で進行するドキュメンタリーである。全米では5月に封切られるや、わずか77館の限定公開ながら6月にはトップ10入りを果たし、上映館数を増やしながらヒットを続けているそうである。日本での公開は来年新春に決まった。

ここで、この映画で語られている「真実」の科学的妥当性を検証しておく必要があるだろう(これを怠ると、「江守は懐疑派の問題点は指摘するが、対策推進派の問題点は見逃すのか」というお叱りを受けかねない)。といっても、ゴアの語る「真実」は概ね妥当であり、指摘すべき点はそれほど多くない。彼はハーバード大学の政治学専攻であるが、科学にも造詣が深く、映画によれば、1960年代の地球温暖化研究の黎明期に、炭素循環研究の祖であるロジャー・レヴェルに直接学んでいる。他にも一流の専門家と直接交流する機会は多いはずだろう。おそらく、ゴアは世界で最も地球温暖化の科学を正確に理解している政治家の一人である。しかしながら、演出上の都合も含まれるだろうが、何箇所か注意を要する点に気付いたので指摘しておく。

  1. 気象災害による保険金支払額が最近の数十年で急激に増加しているというグラフが紹介される場面で、説明不足のため、この全てが異常気象の強度・頻度の増加によるという印象を与えている。実際には、資産の増加などにより、同じ規模の異常気象があっても近年の方が保険金支払額が大きくなることを考慮する必要がある。
  2. グリーンランドの氷が全て融解して海面が6m上昇した場合の、土地の水没シミュレーションが紹介されているが、時間スケールの説明が無いため、あたかも数十年程度でこの海面上昇が起こるような印象を与えている。実際には、グリーンランドの氷が全て融解するには1000年以上の時間がかかると考えられている。
  3. SARSなどのあらゆる病気の発生もしくは感染拡大が地球温暖化と関係があるような印象を与える場面がある。実際には感染過程などに温暖化が関係すると考えられる病気は種類が限られるであろう。

このような問題はあるものの、基本的には、不確実性のある将来予測の話をあまり使わず、事実を中心に伝えようという戦略が見て取れる。もちろん、分かりやすさのため、視覚に訴える映像はふんだんに使用されている。これら全体のバランスを見て「不安を煽っている」と評価するかどうかは人によって意見の分かれるところだろう。

さて、極めて個人的な感想としてであるが、筆者はこの映画を見て、何か心を揺さぶられるような感覚を覚えたことを告白しておきたい。といっても、映画で語られている温暖化の「真実」は、筆者にとってはどれもよく知った事柄であり、その内容に特別な感慨はない。また、ゴアの講演は確かに素晴らしかったが、アメリカ副大統領にまでなった政治家が演説が上手いのはある意味当然だろう。では、筆者の心に届いたのは一体何だったのか。それは、一言で言えば、ゴアの戦いの「リアルさ」である。彼は、6年前まで世界の権力の中枢に居ながら、温暖化の危機を訴え続けていた。にもかかわらず、彼の叫びは何者かによって手応え無くいなされ、絡め取られ、黙殺され続けた。世界に大きな影響力を持つその「何者か」とは、とりもなおさず、温暖化の「真実」を「不都合」に思う者たちと等号で結ばれる。これは、よくある被害妄想的な陰謀論ではない。ゴアが実際に戦って敗れた、世界の変革をめぐる攻防の最前線の迫力と、そのグロテスクな実像が映画から浮かび上がってくる。

しかし、この映画こそは、その「何者か」に対して放たれた、確かな手応えのある一撃にほかならない。この映画は温暖化の「真実」を訴えると同時に、それを不都合に思う「何者か」の存在を暴き、糾弾する側面を持っているのだ。この映画がヒットすればするほど、苦虫を噛み潰した表情が次第に険しくなっていく「何者か」の顔が目に浮かぶ。皮肉にも、ゴアがこの一撃を放つことができたのは、大統領選に敗れ、権力の中枢から降りたことによっている。そして、映画に先立って1000回に及ぶ講演を重ねたという事実が、この映画に魂を吹き込んでいる。明らかに、これはゴアという人物の真面目さのなせる業であり、筆者はそこに彼の有余る「人間的魅力」を感じる。

もしかしたら、この一撃の効果は限定的で一時的なものに留まるかもしれない。しかし、ともかく以前と比較すれば格段に多くのアメリカ人と世界の人々が温暖化に関心を持った。これを足がかりにさらに大きなうねりを作れるかどうかが、次の戦いになるだろう。だが、次はゴア一人の戦いではない。ゴアの講演を聞き、映画を見た大勢の人々が、ゴアと共にある。果たして、世界は変わるか。

(地球環境研究センターニュースVol.17 No.9 (2006年12月号)より)
 

<追記>

この文章を書いたのは2006年10月のことです。「不都合な真実」は日本ではまだ封切前で、試写を一度見た印象に基づいて書きました。この時点で、僕はこの映画のもたらすインパクトを控えめに期待しようとしていたようです。あまり期待しすぎて、「あーあ、やっぱり世界は変わらなかった」というふうに結果に裏切られるのが嫌だったので(そういう性格なのです)。その後、僕の予想はよい方に裏切られ、皆さんご存知のように、この映画はアカデミー賞を受賞し、ゴア氏はIPCCと共にノーベル平和賞を受賞しました。そして、それらが大きな原動力となり、世界のうねりは、拡大しながら続いているようにみえます。

ところで、ノーベル平和賞のニュースと前後して、英国高等法院が「不都合な真実」の9つの誤りを指摘したというニュースがありました。僕が上の文章で指摘した海面上昇の件は、その中にも含まれています。また、僕が指摘した感染症の件は、僕の理解不足によるもので、多くの感染症のリスクが温暖化により高まる可能性があることは正しいようです。なお、英国高等法院は、この映画を大筋で妥当とし、学校で放映することを認めたうえで、視聴上の注意点を9つ指摘したのであり、この映画の内容を否定したわけではないことを付け加えておきたいと思います。
世界が変わっていく手応えを、控えめに、しかし確実に感じつつ。

(2008年1月24日)

江守正多

 

Profile

江守 正多(えもり・せいた)
国立環境研究所 温暖化リスク評価研究室長

1970年、神奈川県に生まれる。1997年に東京大学大学院総合文化研究科博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に入所。「地球シミュレータ」の現場で研究を行うために2001年に地球フロンティア研究システムへ出向し、2004年に復職した後、2006年より現職に就く。海洋研究開発機構地球環境フロンティア研究センターグループリーダー、東京大学気候システム研究センター客員准教授を兼務。共著書に「気候大異変 地球シミュレータの警告」がある。
IPCCにも貢献した日本の温暖化予測研究チームで活躍する、若きリーダー。

 
 
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